街で声をかけられても
日本だと、街中で声をかけられるといったら、だいたいアンケートだった覚えがあります。
ブダペストでは、そもそもハンガリー語で何か話かけられると内容がわかりません。
おそらくお金をくれとかだと思います。
この場合はいいです。言葉がわかってないので適当に立ち去ればいいし、それは状況的に相手も理解可能だからです。
しかし、たまにこう話かけられます。
"Do(Can) you speak English?"
私はそのように話かけられると、言葉を発さずに身構えます。
英語が話せると判断されると、内容がどうあれ、粘着されるからです。
我々のほとんどは、会話の途中で急に会話を中断して自然に立ち去るという方法を知らないと思いますが、そうしないと二進も三進もいかない状況というのがあります。
私が経験した複数のケースのうち、一般向けの2つのケースを紹介します。
会話を始めたばかりに起こる面倒なことです。
ケース1: 寄付
色々写真を見せられて寄付してくれと言われます。寄付したいのは山々ですが、外出中の私は基本的に裕福ではないし余裕もないので、避けたいです。
「現金をもってないから」などと英語で発言するのは悪手です。なぜなら、カードで募金できるカードリーダーを持っていたりするからです。
彼らも色々経験した上での今がありますから、用意周到なのです。
そうなるともう逃れられません。
ケース2: たかられる
理由は色々つけて、なんでもいいから買ってくれとたかってくるやつがいます。はっきり言って意味不明です。
しかし、言葉が通じるとわかると、ひたすらついてきます。
相手は失うものがないので、結構面倒です。
まとめ
コミュニケーションの起点は、二者の間で共有言語があることを両者が認知するところからです。
そのため、会話で何かを避けるというよりは、会話自体を成立させないようにするのがいい場面もあります。
なぜならめんどくさいからです。
これは英語に限らず、「日本人ですか」と話かけられる場合も同様です。
誰かから話しかけられても、一旦何も話さずに状況をみるというのは一定の確率で有効です。
「あ、はい」と返事するのを喉元でグッとこらえましょう。
基本的に、どこかに向かってる時に声をかけてくるものはだいたいロクでもないので気をつけましょう。
上記のような面倒に遭遇してから、私は基本話かけられても無視しますし、会話が始まったとしたら、大声で般若心境を唱えながら、途中逃げたほうがいいでしょう。
ポールニューマンのように、明日に向かって。